2013年8月18日日曜日

Pet Sounds



 1966年夏、若者受けするポップなアメリカ西海岸の音楽を作り続けていたコーラスグループが発表した問題作。突然の変節に、発売当初は音楽業界にも、大方のファンにも受け入れられなかったが、時間の経過とともにその本質を評価され、現在ではロック・ミュージックの歴史的名盤としての地位を確立している。ポール・マッカートニーを始め、多大な影響を受けた作品としてこのアルバムを挙げるミュージシャンは数知れない。

 制作過程を一言で言うと、リーダーでソングライターであるブライアン・ウィルソンの御乱心。天才の偏執的なこだわりと、強引な方針の決定により、バンドメンバーの反対を押し切って制作は行われた。海や車(Hot Rod)や水着の女の子のことを歌っていた連中が、何故いきなり内省なのかと、周囲はその不可解さに戸惑った。このアルバムを制作後、ブライアン・ウィルソンはドラッグとアルコールに浸かりボロボロになっていく。

 ジム・フジーリ著、村上春樹訳のノンフィクション『ペット・サウンズ』を読めばこの作品の背景に関して一層理解が深まる。悲劇的な天才がドラッグと耽美主義に走っていく必然性を理解できる。一例を挙げると、ブライアン・ウィルソンは2歳の頃に父親に殴られ、右耳の聴力を喪失している。また、泳げないにもかかわらずレコード会社の方針でサーフィンの歌を作っていたそうである。その辺の構造的な歪みが破綻へと向かう直前に、ブライアンの追い詰められた自我が芸術に救済を求め、内なる声と衝動に導かれてこのユニークな傑作は生み出された。

 あるライターによればこのアルバムは「幸福に関する哀しい歌の集まり」である。思春期の心のモヤモヤが表現されており、幼き日の憧憬と喪失、空虚感と寂寥感が全編を覆う。未成熟で不安定な、心情を表現する精緻で危ういサウンドスケープが浮かび上がる。Wouldn't it be niceで始まり、Caroline Noで終わるのが悲しい。個人的には中盤で来るGod only knowsが好き。

 何度も聴き返す価値のあるアルバムだと、村上春樹も言っている。
 もの悲しくて美しい。
   

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