2016年2月5日金曜日

 斬首ということは無機物を機械的に斬るのではなく、人間が人間を斬るのであるから、斬る人間と斬られる人間とのあいだに一つ一つの場合でそれぞれ異なった心理的触れ合いが生じるのである。したがってつねに偶発性をともなって斬り手の心理なり感覚を揺り動かす事件が絶えない。それに対する抵抗素がいくらできていたとしても、その衝撃はいつまでも尾を曳いて残るものであり、そもそもが人間としての反自然的行為なのであるから神経を昂らせる。とくに多量の血を見ることは本能の最も奥深いところにあるものを刺戟するらしく、生臭い血の臭いに触発されて、斬り手の全身を酩酊させる。それを<血に酔う>と言っている。

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 元禄から明治初期までの7代250年にわたり処刑の斬首の専門家をしていた山田浅右衛門の一族の話。幕末の激動の時代、劇的に社会構造が変化する中で家業を失い、誇りを奪われ、運命に翻弄される一族の悲劇がメイン。7代目山田浅右衛門を襲名する吉亮を主軸に物語は進む。

 膨大な歴史的史料を参照しながら展開していく歴史小説のスタイルは司馬遼太郎に近い。可能な限り史実により沿い、所感や私見を織り交ぜつつ作者・綱淵謙錠が滔々と語る。漢文や文語体の引用が多く、重厚な内容だが慣れてくるとグイグイ読める。

 「国家に傷つき、社会に傷つき、隣人に傷つき、友人に傷つき、父母に、子供に、恋人に傷つき、それでもなおなにかを信じてじっと耐え忍んでいる方々」にこの本を読んでほしいと作者はあとがきで語る。一つの道に徹しようとし、時代や社会が変化する中でその正当性は揺らぎ、悩み苦しみ、それでも生きていく。普遍的な主題であり、それゆえに胸に響く。

 世間を知り、人生を知り、大人になるほどに深く味わえるようになるだろう。いつかまた読みたい。
    

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